トリの日記

性別がよくわからないまま生きてきた人。LGBTでも生きやすい社会を。

5年ぶりにコストコに行って思ったこと

5年ぶりくらいにコストコに行った。
最近は見ない週はないというくらいTVでよく特集が組まれてるねえ。
GWなので歩く隙もないほど人で溢れているのではないかと思ったが、意外と適度な混み具合だった。
私自身は会員証を持っていないので、人に便乗し、この度人生3回目くらいのコストコ、実に5年ぶりくらいに行った。
 
まず、入店して改めて驚いたのがカートのデカさである。
空間把握能力が低く、自転車や車、場合によっては自分の体ですら障害物とのスペースを測り間違えてゴチゴチとぶつけがちな私。デカいカートを操り、たくさんの人や所狭しと並んだ商品の間をすり抜けていくのは至難の業であった。当然他人や他人の押すカートにぶつかりまくり、この日口に出し儚く消えた「あっ、すみません」は数知れない。
商品も全てがデカく、大量に積まれている。段ボールに入ったまま商品が並ぶ店内の様子に、「整然としたドンキ」というキャッチコピーが脳内をよぎった。自分はいま、大量生産大量消費の最先端にいる。
 
もうひとつ驚いたのは、メーカーが各製品についてこんなに大容量のパックを作っていたのか、ということである。普段見るような数百mlの洗剤が何リットルとか、小さな化粧品が何本もセットになっているとか、通常手のひらサイズの調味料が缶ジュースくらい大きいとか。50袋入りのたべっ子どうぶつを見つけたときはその箱の大きさに思わず写真を撮ってしまった。
 

「食べきりサイズ50袋」の文言のアンバランス感もかわいい。食べきりサイズなのに50袋も。もはやオモチャみたいだ。
人間は、普段見慣れているものでも大きすぎると現実味なく感じることを知る。
この大きさのものは普通のスーパーやドラッグストアでは見ないが、コストコのほか、通販とかでの販売ルートがあるんだろうか。
 
あと、大量であるというだけでテンションが上がるというのも楽しい。肉とか魚とかパンとかケーキとかが規格外のデカさであるのも、なんだか物語の世界みたいでワクワクするけれど、普段なら全然必要のない、例えば「車を拭くマイクロファイバーの布」みたいなのも、カラフルになって大量に入っているだけでなぜか強烈に欲しくなる。大人なので、こういうのを軽率に買うと家に帰って魔法が解けた瞬間に後悔するということを知っているから買わない。でも子供の頃だったらテンションMAXのまま、小遣いをはたいて大量の「車を拭くマイクロファイバーの布」を買っていたかもしれない。当然子供のわたしは車なんか拭かない。
 
TVでよく見るように、肉や魚のかたまりや、何十個も入ったパンを買うなどしてお得なコストコ活用生活を送るのはとても楽しそうだなと少し羨ましくなった。
しかし、4人以上の家族ならまだしも、核家族化と少子化が進む日本でみんなこの量をどうやって消費しているんだろう。周りを見ると、カートにたくさんの商品を積み込んでいるのは数人の家族連れが多く、1人で歩いている人や若いカップルみたいなのはカートも持たず、迷った挙句大量のチョコが入った箱をひとつ手に持っているみたいな様子も散見された。
私は現在一人暮らしだから、50袋のたべっ子どうぶつなんて買ったら少なくとも3ヶ月はたべっ子どうぶつを食べ続けることになる。食べ終わる頃にはたいていの動物は英語で言えるようになっているのではないか。
私は(セクシャルマイノリティなので)3人以上の家庭を持つ可能性は一般の人より低いと見積もると、コストコを有効活用する人生が今後やってくるか疑問である。そう考えると、家族の数が増えるのを待つより、買ったものをシェアできるコストコ友達を作るか、大容量の冷蔵庫や日用品の置き場のある住居を用意する方が早そうである。
 
ちなみに今回、私のたっての希望で購入したのはバラエティクッキー。
わたしは「カントリーマアムのお化け」と呼んでいるが、手のひらサイズの大きなチョコレートチャンククッキーが24枚も入っており、これ系のクッキーが好きな人にはテンションがぶち上がるたまらない一品だ。滅多にコストコに行かないわたしも、これだけは人に頼んで買ってきてもらうくらいに大好きなのである。
 
もちろん1人では食べきれないので、手元に数枚を残し、わたしは明日から会った人全員にチョコレートチャンククッキーを配り歩く妖怪になります。