トリの日記

性別がよくわからないまま生きてきた人。LGBTでも生きやすい社会を。

休職して座禅修行に行ってきた①

今日は冷蔵庫から発掘したナスでみそ炒めを作った。

先日温泉に行った長野でお土産で購入した生のコゴミもからし和えにしてみた。

コゴミって先っちょがくるんとなっててイモ虫っぽいのでイモ虫くっついててもわかんなくね?と思いながら洗って茹でた。

山菜って初めて調理したけど、やっぱり新鮮なのはうまい。

 

 

あと長野県産じゃなくて新潟県産だったことに調理しながら気付いた。

お土産の定義とは。

 

 

 

■修行までの経緯

 

きっかけは、友人からの一言だったように思う。

仕事が忙しくて、異動してからは内容にも面白味を感じなくなって、はたから見たわたしはいかにも辛そうだったんだろう。

 

「本当に今のままの生活でいいの?」

 

今までがむしゃらに頑張ってきて、一生この職場で働き続けたいと思っていたわたしの信念が、この一言で瓦解した。

いや、もはや自分で自分のこころの声を無視して無理やり「信念」に仕立て上げていたのかもしれない。

 

これが確か、昨年の11月くらい。

 

その後、転職も視野に入れて動こうと思っていたものの、一気に忙しくなり残業が増え、仕事をしながら涙が止まらなくなる日が続くようになった3月。

 

「これはもう休んじまおう。」

 

こういう次第で、かかりつけの病院に行き、症状を話して診断書をもらい、職場の上司に休職の申し出をしたのだった。

 

■なぜ座禅修行?

 

元々仏教思想が好きだったわたしは、マインドフルネス的な感じで、おうちで座禅を組んでいた。

もっとも、本当の座禅は目的無く座らないといけないのだけれど、わたしの場合は仕事で精神をやられないために、また、寝る前に座禅を組むとよく眠れてすっきり起きられるため、朝晩10~15分づつ、簡単なストレッチと合わせて座禅を組んでいた。

 

この試みは、なんだかんだ半年ほど続いた。

 

以前は仕事がつらいと休日も辛かったのだが、座禅を組むようになってから幸せな気分が続くようになって、毎日生きていて幸せだなあと思えるようになった(仕事中以外は)。

だから、朝晩の座禅が楽しみにすらなった。

しかし、座禅の指導については何年も前に駒澤大学で行われていた座禅会に参加したときに受けただけで、あとは本を読んだりして見よう見まねで取り組んでいたので、一度、ちゃんとした座禅をお寺でやってみたいなあと思っていたのだ。

 

■職場のトイレで修行予約をポチる

 

上司に休職の申し出をし、業務調整等も含めて休職が確定的になった日、スマホをもって職場のトイレにかけこみ、修行の申し込みをした。

事前にどこのお寺に行こうか、期間はどれくらいにしようかなどは考えていた。あとトイレが長いとおなか壊しているか泣いているかサボっているかのどれかだと思われるので、予約専用ページへのアクセスから予約までは事前のイメトレどおり、スマートに終わらせた。

 

とはいえ、座禅が出来て、一般人を何泊も泊めてくれるお寺は多くなく、自然と選択肢は限られる。

 

せっかくだから立地的な雰囲気も重視しようと、京都にある宝泉寺さんにお邪魔することにした。

また、お布施(いわば宿泊費)の価格の良心的であることや、比較的厳しめの修行を体験できそうだったことも魅力的であった。

 

修行期間は6泊7日。

 

予約のボタンをポチった瞬間、仕事ですさんでいたこころが、ワクワクする気持ちで少しうずいたのが分かった。

 

続きます。